01 名前:山口達郎 投稿日:2004/03/09(Tue) 17:42 No.222
投稿が少ないと嘆きのお言葉。電気線路ののぞみ号(?)で江戸から参加させて頂きます。 芥川賞受賞作の掲載されたこの号は、大小規模を問わず売れています。都内の仲間からは、『藝』の読めない若人が「ピアスの本」を下さいと店頭に押しかけたそうです。 当店でも、購買読者の平均年齢が下がったように感じられました。 各店頭での、素敵なエピソードをご披露下さいませ!
文春の名女川営業局長は東京組合に来られ、月刊文藝春秋の増売ではなく『完売』を懇願された。無論、初回は売り切った訳だが、増刷に増刷を重ね、彼の胃はキリキリしておるでしょうね。 売れてなくても辛いが、売れても又大変だ!⇒嬉しい悲鳴だが
02 名前:でこぽん 投稿日:3/16-03:48 No.223
いや〜、久々に山口さんの登場ですね! わが組合の不活性を嘆く声に早速にもエールが・・・ ありがとうございます。 ねえ、高須さん、ご自身もいろいろこの掲示板にからんでくださいよ。 電脳推進役の責任者なんだから・・・。
「文藝春秋」絶好調のようですね。公称で平均60万部という時代が崩れて困っていた文春さんも、若手2人の勢いで一挙挽回。さすが日本文藝振興会のイベント力はすごい。抱き合わせで単行本も調子いいのが嬉しいですね。河出書房新社さんも、リキが入ってきたんじゃないかなあ。「なんとなくクリスタル」「サラダ記念日」という2大話題作以来だもんね。
だけど、こうした若手の文芸書ブームが、一過性ではなく、純文学系でもリニアにつながって読者を増やしてくれるといいんですが、ミステリー系には適わないんでしょうねえ。「世界の中心で、愛を叫ぶ」系も、読者にとってはちょっと食傷気味みたい。小学館さんの新しい純文学(あ、これ従来の純文学じゃなくって、純愛路線文学っす)には、期待してるんだけどなあ。
どんな本でも売れればいい、ってのは本音だけど、こんな本なら売れて欲しいっていう戦略を主体的に本屋がもたなきゃ、棚揃えもいい加減になっちゃう。「噂の真相」休刊号での幻冬舎の見城徹社長のお話は、真を衝きながら、自己矛盾をブルドーザーのように潰していかざるを得ない力技の披露でしたね。経営と出版理念との乖離っていうんですか。「13歳のハローワーク」売れていいなあ、なんて思ってたら、集英社さんが怒るし・・・
本屋は出版界の事情には、ほとんど振り回されるだけ。川下では「売れる本を作ってくれりゃあええがや」っていう受身でしかない。鼻緒の切れたゲタが流れてきたって、店頭に並べているんだからねえ。川上のゴミ捨て場じゃないんだからね、本屋は・・・。
03 名前:でこぽん 投稿日:3/16-03:55 No.224
いや〜、久々に山口さんの登場ですね! わが組合の不活性を嘆く声に早速にもエールが・・・ ありがとうございます。 ねえ、高須さん、ご自身もいろいろこの掲示板にからんでくださいよ。
「文藝春秋」絶好調のようですね。公称で平均60万部という時代が崩れて困っていた文春さんも、若手2人の勢いで一挙挽回。さすが日本文藝振興会のイベント力はすごい。抱き合わせで単行本も調子いいのが嬉しいですね。河出書房新社さんも、リキが入ってきたんじゃないかなあ。「なんとなくクリスタル」「サラダ記念日」という2大話題作以来だもんね。
だけど、こうした若手の文芸書ブームが、一過性ではなく、純文学系でもリニアにつながって読者を増やしてくれるといいんですが、ミステリー系には適わないんでしょうねえ。「世界の中心で、愛を叫ぶ」系も、読者にとってはちょっと食傷気味みたい。小学館さんの新しい純文学(あ、これ従来の純文学じゃなくって、純愛路線文学っす)には、期待してるんだけどなあ。
どんな本でも売れればいい、ってのは本音だけど、こんな本なら売れて欲しいっていう戦略を主体的に本屋がもたなきゃ、棚揃えもいい加減になっちゃう。「噂の真相」休刊号での幻冬舎の見城徹社長のお話は、真を衝きながら、自己矛盾をブルドーザーのように潰していかざるを得ない力技の披露でしたね。経営と出版理念との乖離っていうんですか。「13歳のハローワーク」売れていいなあ、なんて思ってたら、集英社さんが怒るし・・・
本屋は出版界の事情には、ほとんど振り回されるだけ。川下では「売れる本を作ってくれりゃあええがや」っていう受身でしかない。鼻緒の切れたゲタが流れてきたって、店頭に並べているんだからねえ。川上のゴミ捨て場じゃないんだからね、本屋は・・・。
04 名前:バカぼん 投稿日:3/26-01:13 No.225
本屋全てがゴミ捨て場ってなわけでもないでしょ、先日他チェーンを飲み込んだりして膨張伸張著しい某チェーン店の少々古くなった店を見てきました。 見事に筋の通った品揃えとオペレーションに納得して帰ってきました。
1階がソフトのセル、二階が書籍雑誌、平日の午後4時ごろで1階のレジに店員2名、2階のカウンターに店員一人。 どこかに店長が隠れているのかもしれませんが、最小人員でオペレーションしています。 で、2階の構成ですがエンドの平台はあざといくらいに売れ線で固めております、当然の事かと思いながら棚前の平台棚の面陳棚ざしを見ていきますと、ホーホーでアリマス。 どう見てもポスレジデータの順番に良い場所を振り当て、ランクから落ちたら返品です、の構成です。
書店のセブンイレブン版かと思いながら、無機質な無人の生産ラインが整然と並ぶ工場を見た思いで店を出ました。 自分の店に帰ってその不気味さの意味を色々考えました。
@ローコストオペレーションを徹底しなければ人材を確保しつつ、拡大再生産することはできない。 Aチェーンオペレーションで現場の負担を軽減(ほぼ思考停止状態に)しなければ、コストを下げられない。 B売れ行き上位何点までの品揃えで、最大のパフォーマンスを得る。 C本部からの情報を元に、画一的な売れ行き最重視の棚を実現する。
書店人の理念と経営者としての責任を比べ、社員を食わせていい思いもさせてやらにゃならない、とにかく利益を出して拡大再生産を実現しなければならない、となれば極めて合理的な結論です。
そこで思ったのですが、すでに書店人の時代は終わったのでは無いかということです、グローバルスタンダードとかいう魍魎が跋扈するこのご時世、経営者が書店人では成長はおろか継続すら難しいのではないか、少なくともセブンイレブンとの競争には勝てないのではないか? 看板店の棚担当としてのみ、書店人は存在しえるのではないか?
書店の未来と銘打った雑誌特集記事を見ました、書店人を地で行く様な店長さん方はボランティアか自分の趣味ですとおっしゃっていました、又川上は書店は自販機みたいに思ってるとも。
自販機でもない、コンビにでもない、ボランティアでもない、書店道の生き残り方よい知恵ありませんか?
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